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現実直視

2012.12.23(23:34)

しかし まぁ 何やねぇ~


気になる事は解消しておいた方が何かと後を引かずに整理ができる。

頭の中であれこれと思い悩むより、時には現実を直視する勇気も必要だし時間に限りのある事なら、尚更

行動に移す事だ。しかし、その現実が想像をはるかに超えてしまった時の自己崩壊が恐ろしく、目を背ける

こともあるが、今日は勇気を奮い立たせ現実の旅へと出た。

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ここで明日までエル・グレコ展が開催されているが、あまり宗教画に興味はない。恐々観て見たかったのは

併設展である宮永愛子の作品だ。それにしても日本人とはこんなに美術好きなのかと疑うほど人の山で、

グレコには長蛇の列が幾重にもとぐろを巻く状態になっている。これはまずいなと併設店を覗いてみると人

もまばらなようで、やはり日本人はビックネームに弱いものだと少し寂しい思いがした。


この宮永愛子の作り出す世界観は時間の経過と共に作品が変化する事で、作られたオブジェはすべて

ナフタリンや塩で構成され、時間と共に揮発したり塩は空気中の水と反応して溶解したりして自ら崩れ去っ

て行くのだ。それは戻る事のない時間を抽象的に捉え美術の領域で普遍化させる事らしいのだが、家元の

恐れる理由とは、以前にも経験した事のある理解不能の状態に陥る恐怖だ。同業を志す者にとって理解不能

と言う事は無能であると高い位置から罵声を浴びせかけられるようなモノで、称賛も批判も出来ないと言う

事は感性が乏しいと言う事になる。

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進む毎にいやな予感が増幅してくる。シュールな世界のオンパレード・・・

造形物としてはよく出来た形を整えているのだが、そこかしこが溶けたり、崩れたりして変形している。

太陽に照らされたドラキュラの断末魔のようになっている作品や元の造形が分からないモノすら鎮座する。

これはいかん!ウルトラマンのカラータイマーのように危険を知らせる警報が頭の中で鳴り響いた。

早々に戦線離脱しなければ二度と再び立ち上がれない。

・・・・・撤収!

現実と向き合い敗北感だけ残った家元は宮永という名前に拒絶反応を起こした。


これはどこかでヤサグレなければ精神が持たない。足は自然と天満に向かう。

天満での飲み方には2種類ある。ひとつはお嬢ちゃんなどを連れて客観的に周囲を観察しながら飲む方法と

一人で周囲に同化して飲む方法だが、一人で飲むときは少しヤサグレている方が酒が美味い。

そんな訳で、お一人様の時には飲む前に必ずここへ寄り道してから赤提灯の暖簾をくぐる。

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この関西テレビ前にある額縁屋は我々の中でも有名な安売りの店で、店内には無造作に積み上げられた額縁

が所狭しと置かれている。しかし驚くのは額装された肉質油彩画が、ほぼ額縁の価格で売られており、

しかも数千円~高いものでも数万円と、中身の絵の値段はタダ状態なのだ。画学生もよく御用達にしている

が、現実を目の当たりにしてよく心が折れないものだと感心する。

要はこの店で「所詮、絵画や美術などと言ってもこのザマか!」

と少しヤサグレてから飲みに行くと丁度良いが、今日はすでにヤサグレているので、これ以上は鬱になって

もいけないので素通りしよう。

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生ビール250円! 国立美術館450円 生ビールの圧勝だ~

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実践躬行

2012.12.08(20:57)

しかし まぁ 何やねぇ~


原発話はちょっと休憩して、個人的にかなりショックに陥った事柄をご紹介する。



ゆうべはちょっと、ほたえすぎた。いつもはシンデレラおじさんで帰るのだが、どっこい飲みすぎて

しまった。どこかでスイッチが入ったようで記憶に自信がない。この記憶が飛ぶという現象は実に

もったいないもので、いくら絶世の美女に囲まれ酒池肉林の思いをしていても記憶にないのだから

なかった事と同じで、しかも軽くなった財布だけはしっかりと記憶を留めていると言うのも悲しい。

まぁ、取っ掛りはそんな軽い後遺症を抱えながら近所のABC食堂でランチだ。とりあえずはこうなる。

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飲みながら昨日の深酒の原因を考えてみると、やり切れぬ感情のはけ口がついつい記憶破壊へと導かれた

のだろうと自己弁護の心境で深くは追求する事をたしなめたが、どうにも引っかかる。


昨日は、以前から行きたいと思っていた「葛飾北斎展」を観に市立美術館へと足を運んだ。

北斎については、多くの方も知る浮世絵の巨星であり、ゴッホを始めとする印象派の画家や他の世界の

芸術家にも影響を与えた日本のビックネームである。北斎の類まれなき天才の持つ観察力と構図の視点、

表現力や描写力の正確さなど、とても生身の人間では到達できない、まるで連射カメラの如き目を

持っているのだ。しかも生涯において3万点以上ともいう作品を描いているのだから尋常ではない。

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平日にもかかわらず最終日も近い事もあってか、館内は行列が出来るほどの盛況ぶりを見せていた。

通常、家元の美術鑑賞は一連の作品を流しながら一巡し、心を鷲掴みにされた作品を逆戻りして見入ると

いう方法だが、こう人が多くてはそれも間々ならず行列の一端へ加わった。

大なり小なり作品というものは作家の魂の写し絵である。命を削るような気迫の入魂された作品ともなれ

ば数点鑑賞しただけで、こちらの魂を抜き取られてしまうほど疲れてしまうため、流し観スタイルという

方法を編み出した。もう20年以上前にもなるが東京近代美術館で梅原龍三郎の作品30点余りを、時間を

かけて真摯に観終わった帰り道、いっそこのまま皇居のお堀に身を投げて死にたいと真剣に思ってから

危険な鑑賞の仕方を止めたのだ。


確かに北斎は代表作富岳三十六景や美人画、肉筆画においても卓越した才能を如何なく発揮しているが

家元の最高に好きな作品は北斎53歳において描かれた画学生のための絵手本ともいえる全15編からなる

「北斎漫画」である。北斎は人物を正確に描くに当たり、人間の骨格や臓器の知識を得ようと解剖学を

も習得した東洋のダビンチで、北斎漫画に登場する人物の筆遣いには目では見えぬ骨格が正に存在して

いる。それ以上にこの北斎漫画の素晴らしさは、まったく気負い無くのびのびと描かれている事だ。

そこには何ら意図も無く、どやさ!の自慢も無く、透き通るような透明感と清らかな世界が淡々と

描かれている。その世界観はある種の悟りに到達した者の境地かも知れない。

北斎と比べる事など、有るまじき行為で恐れ多い事だが家元も新聞の折り込み広告の裏に、何の気負い

もなく走り描く世界が一番気に入っている。


その昔に大先輩から言われた事がある。

「アートの世界とは人様に己のケツの穴を堂々と見せられるか否かで成否が決まる」

という言葉だが、未だにケツの穴を見せることが出来ずに、ついつい「えぇカッコ」をしてしまうのだ。

考えてみれば「えぇカッコ」の根本とはいかに己の本質が希薄であるかの防衛本能とでも言うか、自己

の内容があまりにも薄っぺらで、俗物の権化であることを知られたくない為のメッキでしかない。

だが中々にメッキを落とし、ケツの穴を見せたときに想像する社会批判や喪失感、孤独感を思うと勇気

が出ないのだ。そんな中途半端な思いが「北斎漫画」を観ていると重く圧し掛かって来たが、幸い飛び

込む堀もなかったので命だけは取り留めた。



何やらもやもやした気持ちを引きずりながら、帰りは久しぶりに南で飲もうと心斎橋で地下鉄を降りる

と大丸百貨店のアートイベントのポスターが目に入った。

「アートアクアリウム・金魚の艶」と題されたイベントだ。まだ飲むには少し時間もあり覗くことに

した。この大丸ミュージアムは三越画廊などと過去には双璧とされる権威あるイベントスペースで

あったが最近は若手のアーティストなどにも広く開放している場所だ。写真撮影も可能と言う事で少し

驚いたが、薄暗い照明の館内に入り更に驚いた。アクアリウムという限りは水族館なのだが、そのまん

ま金魚の水族館になっているだけで、水族館と違うのは水槽の形と光を金魚に当て色の変化が面白いと

いうことらしい。

もし、家元が金魚愛好家ならば早々に関係機関に虐待だと抗議するであろう光景が続くのだ。


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100歩譲ってモダンアートである事は認めても、やり口が気に入らない。これがアートの世界というなら

昔夜店で売っていた赤や青や緑のカラフルに塗装されたひよこも立派なアートではないか!

動物園も植物園も水族館もアートの世界なのか?そこには人間が生き物を展示するという後ろめたさから

可能な限り生息する自然界に近づけ飼育するという、身勝手ではあるが生き物同士の思いがまだ少しは

感じられるが、これはいかがなものか?金魚自体が長い年月をかけて人間が作り上げたアートであるなら

それを尊重する謙虚さが、この作家にはまったく見当たらない。

まるで外国映画に出てくる不愉快極まりない屈折した日本文化と称する映像を垣間見る思いだ。

こんな愚劣なものにスポンサードする豆腐屋もそうなら、受け入れる大丸も大丸で品格と教養の無さに

唖然とする。この作家は特別に美術のアカデミックな教育も受けておらず、経歴からすればイベント屋の

類で要は売名行為の一環なのかも知れないが、これは禁じ手の一つだと考えている。

しかも、先ほど北斎の清らかさに鞭打たれた直後のことで尋常な精神状態を保つことすら危ぶまれたが

よくよく考えてみれば、この程度の批判や反発など作家にとっては想定内の事ではなかったのかと予測

すると、まさに恐れずにケツの穴を堂々と見せているという事になる。

とすれば、えぇカッコして何も創らずケツの穴も見せられず内股でしゃなりしゃなりと歩く家元に何の

批判が出来るであろうか。百の論調より一つの実体の素晴らしさを知っているし恐れ無き若いころには

あまたの批判や中傷を受けながらも作品を世に問いかけた時代もあったが、どうして年と共に臆して

しまうのだろう。北斎にもやられ、金魚にもやられた一日だ・・・

今夜は荒れ模様の酒になるなと覚悟してミュージアムの出口へと向うと、その事を事前に察知するかの

ように来場者に無料で提供されるドリンクを手渡された。


・・・・ウコンの力・・・・

やりよるのぅ~~~






おまけ~目線てこんなこと? 目が線になってますけど~


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慮外千万

2012.11.30(14:15)

しかし まぁ 何やねぇ~


子供のころボーイスカウトに入っていた。所属していたのは市の第一団と言うくらいだから歴史ある団だっ

たようだ。ちなみにボーイスカウトの「Scouts」と言う単語は偵察、斥候と言う意味で、ロープの結び方

や手旗信号、モールス通信、野営の方法などと今考えれば軍事教練のよなカリキュラムだが、公然として

子供が夜遊び出来る事がけっこう楽しかった。

そのスカウトモットーが「備えよ常に」という標語だ。これには歌まであり必ず全団員が斉唱する。

「備えよ常に、強き体、硬き心 ボーイスカウト 掟(おきて)守り人(他人)のために 備えよ常に」

と言う歌詞だ。無論今でもはっきりと歌えてしまう。


東北大震災で倒壊した福島原発事故以来、こぞってマスコミは反原発の論調を張り、今回の選挙の争点も

「原発」が第一の課題として取り上げられている。

ここに家元は疑問とその裏では何が起こり、その先には何が待っているのかを危惧してしまう。

今までは何やってん?何で日本に54基もの原発が野放しにされている事をマスコミは騒がなかったのか?

「備えよ常に」はなかったのか?現在この問題を「原子怪獣ゴジラはナゼ子供たちのアイドルになってしま

ったか」という視点で執筆中である。



さて、以前のブログで「おでん鍋」なる不幸な依頼を自らかぶることになった事故体質の家元だが、すでに

納品も完了した事なので、簡単にメイキングプロセスを紹介する。

要するにこのおでん鍋のケースの風情がお気に召さないという事らしいので、これを変えるしかない。

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あれこれと考えたのだが、どうもしっくり行かない。その時雑然とした新聞の折込み広告が目に留まった。

何処かは忘れたが、ちょっとお高いタワーマンションの折込みチラシ広告だ。

別にチラシ広告に偏見があるという訳ではないが、英語ではフライヤー(flyer)とされ、大量にチラシを

空から撒いたのか、飛ぶように情報が伝わったのかは知らないが飛ぶそうである。この大量に配布される

チラシ1枚の価格はB4両面フルカラーでも5~10円程度のものだ。そんな安モンの媒体に数千万円~一億円

を越えるマンションという商品が乗っかっている事が、昔から「意外」な代物として違和感があった。

この「意外」というテーマは家元の作品作りの中でも「境界」というテーマの次に好きな美の領域だ。

「境界」という家元観は、生と死、善と悪、美と醜、明と暗など、相対する現象のどちらにも属さない領域

の渚であるのに対し「意外」とは相対する現象のミスマッチの美学である。

陽だまりの中で微睡むネコは「境界」の世界で、目を開けたまま寝てしまったネコは「意外」の中にあると

もいえる。


「意外」がテーマと決まればこっちのものだ!出来れば「意外」なものから「おでん」なるモノが出て来て

欲しいが、さりとて飲食店なのだから便器やゴミ箱からは出してはこれない。

バーなのだからと言う安易な発想で・・・

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う~~~ん・・・文化祭のノリでいかにも安もん臭い。昨今は高級な創作おでんなるものがあるが、家元か

らすれば邪道だ。「おでん」はやっぱり庶民の食い物であり、買い食い禁止の学校帰りに駄菓子屋や文房具

屋の軒先で、真っ黒に煮しまった厚揚げや大根を後ろめたい気持ちで食べるのが「おでん」の醍醐味だ。

安もん臭いおでんが、何やら得体の知れない箱からおごそかに出て来る様は意外で、それがいくらの値段な

のか見当も付かず不気味に感じるはずだ。正体不明の姐さんと得体の知れないおでん鍋・・・

暴力バーには打ってつけの兵器だ。



となれば、高級な質感を求め素材選びから始める。過去に使用した木材のサンプルを引っ張り出して検討し

た。ウォールナット、チーク、マホガニー、花梨など・・・断わっておくが家元は家具職人ではない。

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材質は硬くて重いが、その分変形も少ない花梨を選び度々発注する広島県の銘木業者へとメールを送った。

後はそれらしきロゴマークをレーザーで刻印するのだが、ほとんどシャンパンに興味のない家元なので今か

ら研究しソムリエの資格を取っていたのでは、どうも間に合わない。今回はスピードが家元の命を守る唯一

の方法と考え、一番早くて便利で節操のない男にロゴマークを頂く事にした。何と二つ返事、速攻メールで

送られて来た。やはり平素より姐さんに・・・同病相哀れむ、彼との距離が一瞬で縮まった。


まぁ及第点の部品が出そろった。後は組むだけの職人仕事。来世は宮大工を目指す得意分野である。

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どんな完成品になったのかは、現地にてご覧下さい~


お問い合わせの件・・・

前回のブログで「摩耶」のお問い合わせを多数頂き、是非会わせろとの強硬なご意見もありましたので

公開されている「摩耶」のブログを添付いたします。http://ameblo.jp/mayamaxxx 


おまけ~いつもの事で意外を無くしたミーシャ…

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愚公移山

2012.11.25(18:57)

しかし まぁ 何やねぇ~


何事においても継続さすという事は難しい事で、しかも無から有を生み出すエネルギーを持続さす事など

並大抵の事ではない。物事の初めは万事が稚拙であった事も繰り返し続ける事によって、技術も上がり

洗練されたモノへと変化して行く事など、理屈では万人が承知しているにも関わらず、実践においてやり

続ける者は極めて少ない。しかもその始まりにおいて、稚拙さからこき下ろされたり、失笑されたりする

嘲りを跳ね除け幾度となく挑戦する者は、その結果如何よりも魂において気高く美しい。




勤労感謝の日の朝、自宅のインターフォンが家元の安眠を妨げるように、甲高く鳴った。

昨夜は、めったに午前様などしないのだが4軒目あたりから、どうも記憶があやしい。

まして、その後も数軒、新地クルーズをしていたようで、とても起きてまでインターフォンに出る気持ちに

はなれないでいた。

最近は年齢と共に酒量も減ったのだが、赤子の手を捻るが如きに酔ってしまい、二日酔いとまでは行かない

までも深酒した朝など、曖昧な昨夜の記憶をたどり、どこかで粗相はしなかったかと精神的な後遺症に

苛まれる事もしばしばである。


少し気怠い体に鞭打ち、カメラケースを求めに東急ハンズへと向かう午後、郵便受けを覗き今朝のインター

フォンの正体を知った。クロネコヤマトの配送不在票だ。

「なんやねん・・・何かネット通販頼んだやろか?流行りの送りつけ詐欺か?」

まったく覚えのない不在票に少しの不安を抱き、差出人の名前を見た。

…「〇〇 摩耶」…

まさか・・・恐る恐る品名欄に目を移すと・・・はっきりと「衣類」と明記されているではないか!

不安は確実なものとなり、体中に戦慄を覚えた家元はその荷物を受け取ることをためらった。



摩耶との出会いは旧家元日記でも書いたのだが、かれこれ10年程前には遡る。

当時、彼女は18歳でトリマーと言う聞きなれない、何やら犬の散髪屋になるための専門学校生だった。

それがいつごろからか家元のアトリエに、昼と言わず夜と言わずにやって来ては勝手に一人遊びをして帰っ

て行く奇妙な娘であった。これがまた芸術的センスがあり、家元などには到底理解できない前衛的な絵の

ような模様のようなものを描き遊んでいるのだ。その上、家元の友人たちをも凌駕する見事な酒の飲みっぷ

りで、当時最年少の飲み友達になっていた。

学校卒業後も、そのトリマーの仕事一筋でラスベガスで開かれた世界選手権のチャンピオンにも輝き、現在

は彼女の地元で独立し、一端の経営者として育っている。


そんな彼女が何か事あるたびに自ら作った制作物を家元に送ってくるのだ・・・

家元が何故、その荷物の受け取りをためらったのかの答えが、過去に送られて来た品物に隠されている。

では、そのほんの一部をご紹介させて頂くが妊婦の方や気の弱い方の閲覧には責任を持ちかねます。



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それぞれに解説して行くと、まずは怪しげなネコのぬいぐるみ。どうもミーシャをモチーフとした抱き枕と

いう事だ。以外に当家のネコたちは気に入っている様子。

その上に置かれているのが家事をする際に身に着けろと言う、チロルテープの切り替えしがアルカディック

なエプロンだが、こんな模様・・・

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そして次がお出かけ用に持ち歩けと言うレースのフリルが付いたビビットなパーティー用バック・・・

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家元のショルダーバックにそっと忍ばせて置けと言うフェミニンな小銭入れ・・・

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携帯電話に着けろと言う後ろ髪を刈上げた、タイゾーのようなゴルゴ13のストラップ・・・

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当家の裏に住み着くねこ、親のサビと子供のボブ&ビビをかたどったフェルト地の品・・・

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どうやら店で仮眠するときに使えと言うアイマスクらしい・・・

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これらは一部に過ぎない。その他ストラップ類や千社札などまだまだあるが、そのすべてを家元が身に着け

る事を前提にして制作していると言うのだから何やら恐ろしい。

未だにどのシーンで、あのエプロンを身に着け、あのパーティーバックを持ち歩き、そっとマリーの付いた

小銭入れを出し、刈り上げたゴルゴ13がブラブラする携帯電話を使い、アイマスクをすればいいのか見当も

付かずにいる。


今度は一体全体どんなものを身に着けろと言って来たのだろう?

結局その日は忌まわしき過去を思い起こし荷物を受け取らずにいたが、意を決して日曜日に受け取った。

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全知全能の神よ、我にこの荷物を開ける勇気をお与えください・・・

絶望の淵の中、祈るような気持ちでしっかりと梱包しているガムテープを切り破いた。


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初めて家元が身に着けられそうなものが顔を出した!

なかなかに凝ったつくりで、裏地にはフェイクファーまで縫い込まれているではないか。

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素晴らしい!!!  なんと上手く仕立てられている事か!

何事もやり続けていると腕が上がって来るものだと、しきりに感動した。

同封された手紙には、摩耶が飼い猫に邪魔されながらも苦難を乗り越えて制作されて行く工程が生き生きと

添えられている。

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18歳からの志を全うし、その職に就き、更には独立開業にまでたどり着く人間がどれ位いるのか、そうな

るには一体どれ程の挫折と諦めを乗り越えなければ達成できないかと言う事を家元は知っている。

この作品も諦めずに続けた結果の結晶ではないか。あんな稚拙なものを作っていた幼いヤツが、本業の合間

を見計らい、これほど完成度のあるものを作れるものかと何度も関心してしまった。


摩耶は部屋着にと書き添えていたが、是非お出かけ着にさせて頂く事にするが、例のバックと小銭入ればか

りは勘弁して頂きたい。

改めてこのブログを通じお礼申し上げます。摩耶ありがとう~


おまけ・・・抱き枕のミーシャ

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ワンコイン美術館

2012.11.15(21:48)

しかし まぁ 何やねぇ~

先日友人から市立近代美術館に噂の「モジリアーニ」が展示されていると聞き、気になって足を運んだ。

大阪市の現在所有する美術品は総額で151億円とも言われ、それなりのコレクションになっているのだが

橋本市長の誕生と共に、国立美術館そばに建設予定だった近代美術館構想も見直し指示が出て、現在も

旧出光美術館に仮住まいのままだ。

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何が「噂」かと言えば、この髪をほどいた横たわる裸婦の絵を平成6年に19億3千万と言う芳崖もない金額で

購入しているのだが、その買い先が西武百貨店の堤清二氏と言われている。

堤氏と言えば美術品のコレクターとして、クリスティーズやサザビーズの常連さんであるのだが、何故この

世界的にも名の有る作品を、しかもその時期に売却する必要性があったのかと言う疑問が様々な憶測と嫉妬

も込めて、揚句は贋作とまでの疑いが持たれた作品故にである。

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家元は鑑定家でもなければ、モジリアーニの映画以外に関して特別な知識も持ち合わせがない事なので

これが本物か偽物かなど検討も付かないし、特別興味もないが購入当初は市役所のロビーに飾る予定だった

と聞き、役人らしからぬセンスに驚いた事を覚えている。


もっとも芳崖のない金額で絵画を購入した人物の横綱と言えば、旧大昭和製紙の齊藤了英氏であろう。

1990年にゴッホの「医師ガシェの肖像」を125億円でルノアールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」を

119億円で落札している。しかし1993年には贈賄容疑で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。

どうも、昔から名画には政治や経済のキナ臭い連中が見え隠れしその誕生の純粋さとは裏腹な運命を背負

わされた悲哀を感じてならない。事実政治の世界では献金の隠れ蓑として昔から現在も利用されている。

画商と結託した贈賄側が、事務所の飾りや自宅の新築祝いなどと勝手に理由を付け、プレゼントするのだ

が、ひどい場合はその場で、あるいは時間を置いて画商が買い戻す仕組みだ。中には目録のみと言うツワモ

ノもいると聞いた。


西洋、日本の近代から現代作家、また日本画やデザインなど50展が並ぶ空間は中々見る事は出来ない。

電卓の家元試算では80億は下らない作品群を、たった¥500で鑑賞できるのだから普段興味のない方も

この機会に是非ご覧になってください。



おまけ・・・

ありゃまぁ!またデジカメが壊れたみたいや~

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